孵化する卵嚢、しない卵嚢

 カマキリは一部の例外を除いて基本的に受精卵からのみ幼虫が孵化してきますので、未受精の卵は孵化しません。「未交尾のメスは受精していないのだから卵嚢は生産しないだろう」とお思いの方もいらっしゃるかも知れません。しかし厄介なことに、未受精のメスも受精したメスと同様に、卵嚢を生産するのです。未受精のメスが産んだ卵嚢は、いくら待っても幼虫が孵化してくることはありません。飼育下で成虫になり、交尾させた事のないメスが卵嚢を産めば、最初から孵化するはずがないので卵嚢に期待を寄せることはないでしょう。しかし更に厄介なことに、ちゃんと交尾をさせたメスでも何らかの原因により受精がうまくいかず、未受精卵を産んでしまうことがあるのです。また、野外品のメス単品が産卵した場合、その卵嚢に含まれるの卵が受精卵か無精精卵か判断しかねるでしょう。野外メスに交尾経験があるか否かは、飼育者にはわからないのですから…。

 しかし、一部の種では、卵の受精の有無を卵嚢の外部形態から区別することができます。結論を先に言いますと、未受精卵の卵嚢はイビツな形をしています。この項では、メダマカレハカマキリDeroplatys desiccataを例にとって、その『違い』についてお話します。未受精の場合と受精した場合の卵嚢の違いを適正に比較するために、恒常環境で飼育した1頭のメス個体に未受精の卵嚢を1つ産ませ、同じ個体が交尾により受精した後でもう1つ卵嚢を産ませました。

 未受精であることは、交尾をさせないことを前提とし、さらに性成熟期のコーリング行動を示した(受精したメスは示さない)ことで確認しました。その状態で生産された卵嚢は、写真1のような形状をしていました。
 1つ目の(未受精の)卵嚢を産ませた後、このメスを全く血縁関係にないオス個体と交尾させました。その2週間後に産んだ卵嚢が写真2です。これは一般的な本種の卵嚢の形状そのものであり、異常は見当たりません。この卵嚢と写真1の未受精の卵嚢を比較してお解りのように、未受精の卵嚢は明らかにフォルムがイビツであり、色が微妙に異なり表面がボコボコしていることからも質感そのものが異常なことが伺えます(写真3)。また、2つの卵嚢が1頭のメスにより、同環境下で生産されたことを考慮すると、卵嚢の形状がイビツなのはメス成虫の腹端(特に卵嚢を作り上げる器官)の先天的な機能障害などではなく、未受精であることを反映しているものと結論づけることができます。
※余談ですが、検証に使った個体は中肢・後肢の計4本のうち、3本の符節が欠落した状態で頑張って産卵してくれました。お疲れ様…。

 無精卵の生産は、何も未交尾のメスに限った行動ではありません。交尾をさせたメスでも、何らかの原因により受精が正常になされず、無精卵を生産してしまうことがあります。異常な形の卵嚢を生産したメスは、例え交尾済みであっても受精には失敗しています。交尾をさせたのに未受精のままである場合は、運が悪かったと思って追加でオスと交尾させて下さい。たまにそういうことはあるものです。ちなみに、普通は追加で交尾させずとも、1回交尾すればメスは最低2つの受精した卵嚢を生産することができます。

 私が確認している限りで、東南アジア産カレハカマキリDeroplatys属各種、メダマカレハカマキリPseudocreobotra wahlbergii、コモンフラワーCreobroter sp.、キノカワカマキリTheopompa sp.、ボクサーカマキリHestiasula sp.では未受精の場合に異常な形状の卵嚢を生産します。これらの種では、正常な卵嚢と異なり、上記のように異常な卵嚢が生産されることで卵(メス)が未受精であることを知ることができます。一方、少なくともランカマキリHymenopus coronatusと尻上げカマキリParasphendale sp.では、未受精のメスでの卵嚢の異常は起こらず、受精したメスと同様に正常な形の卵嚢(もちろんこれは孵化しません)を普通に生産することも確認しています。これらの種では外見的に卵嚢が未受精か否かを確認することはできないことになります。

 私が「卵嚢の外見で未受精を見抜くことができる種」として挙げた種でも、もしかしたら稀には未受精メスであっても正常な卵嚢を形作ることができるのかも知れません(私は見たことがありませんが)。しかし少なくとも私は経験上、これらの種では卵嚢のイビツな形状により未受精を知ることができると思っています。



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