羽化不全(翅)の対処法

 カマキリ飼育における大きなトラブルの1つとして、羽化不全があります。それまで順調に育ってきた個体が最後の脱皮である羽化に失敗してしまうと、飼育者としては何とも残念な気持ちになるものです。体が殻に引っかかり、全く脱ぐことが出来ずに死んでしまうのは論外ですが、仮に体が綺麗に脱げても翅を伸ばす(&綺麗にたたむ)のに失敗する例は多々あります。

たかが翅、されど翅。

 カマキリのメス成虫の翅は、交尾の際にオスの足場になることが多いです。程度にも因りますが、メス成虫の翅が不全になってしまうとペアリングの際にオスがメスの背にうまく捉まることができません。また仮にオスが翅不全メスの背に乗ることができても、グシャグシャになった翅が邪魔してオスがメスの交尾器を探れないことが多いです。正常なカマキリの翅は、たたまれた状態で腹部を保持する支えとしての役割も果たしています。翅不全の成虫は、支えを失って腹部が「ダラ〜ン」と垂れ下がってしまいます。これもまた、交尾の成功を困難にしてしまいます。そういう意味では、メスだけでなくオスの翅も重要な役割を果たしていると言えるでしょう。

 やっかいな羽化不全…しかし、諦めるのはまだ早い。当方では、今までカマキリの翅の羽化不全に対する処置方法をあれやこれやと探ってきました。最近ある程度納得のゆく結果を残せるようになってきたので、現段階で最も効果的と思える対処法を以下に紹介します。


[ Mantid Maniacs式 羽化不全(翅)対処法 ]
 被験体は、撮影の前夜に羽化したマルムネカマキリRhombodera sp.のメス成虫です。ご覧の通り翅はねじれて開いてしまっており、重ね合わせて閉じることができない状態です。この個体を例にして、翅の矯正手順を説明します。
 なお、この対処法は比較的体の硬化の進んでいない個体を対象としています。特に羽化後1日以内の個体に対して非常に高い効果を示します。逆に、羽化後日数が経過してしまった個体では体が硬化してしまっており、この対処法による羽化不全の矯正は望めません。



1.用意するのは細い針金と、それを切る工具。そして水。それだけです。まず、針金を適当な長さに切り、カスガイ状に整形します。カスガイの幅は、カマキリが翅を正常に閉じた時の幅と同じです。このカスガイで翅を固定する訳ですが、写真を見て分かる通り、別に綺麗な左右対称に作らなくても大丈夫です。切り口をグニャっと曲げてあるのはカマキリの体を傷付けないためですが、必ずしも重要ではありません。



2.次に、片方の翅の表面に水滴をつけます。羽化不全の程度や個体の体サイズにも因りますが、だいたい2・3滴で良いです。水滴をつけたら、翅を指でつまんで重ね合わせます。水滴が糊の役割を果たし、左右の翅がくっついてくれるはずです(くっつかないようなら、もう少し水滴を足します)。なお、水滴をつけるのは左右の翅のうち不全の激しい方の翅の表面にします。グシャっとした翅は、比較的マシな方の翅の下に抑え付けてしまおうという訳です。
 写真の個体の場合は前翅しか水をつけていませんが、うまく全ての翅が重なって固定できました。より激しく翅が開いた羽化不全の個体では、前翅を固定しただけでは後翅がはみ出してしまうことがあります。この場合は、先に左右の後翅を水を使って重ね合わせ、それに続いて前翅を重ねます。
 翅を指でつまんで扱う際は、くれぐれも慎重であるよう心掛けましょう。羽化後1・2日程度のカマキリの翅は非常に柔らかく、無理に扱えば破れて出血します。また翅の表面を擦ったりすると、翅自体は一見して無事でも、翅脈が破れて翅の内部に血豆のような体液溜まりが出来てしまうことがあります。
※写真のカマキリは、暴れると面倒なので麻酔を施して眠らせています。グッタリしていますが、死んでいる訳ではありません。
 


3.翅を重ね合わせたあとは、『1.』で作成したカスガイで翅を固定します。写真のようにカスガイをカマキリの体に通した後、ほんの少しカスガイを内側に曲げてカマキリの体に(あくまで軽く)フィットさせます。カスガイの固定位置は、写真を参考にして下さい。ちょうど、後胸の辺りで固定することになります。固定位置が腹部付近になってしまうとカスガイがカマキリの体にフィットしにくくなりますし、カマキリが翅を開こうとする力でカスガイが落とされてしまう可能性が高くなります。
※本当は、カスガイは体に対して垂直に固定する方が脱落しにくくて良いです。写真では斜めになってしまっていますが…。
 以上で、施術は完了です。カマキリを飼育ケージに戻してみて、その日中にカスガイが外れないようならOKです。カスガイは軽く固定しているだけなので、施術後1・2日程度で脱落してしまうことはままあります。しかし、この頃には大抵翅は矯正されているので問題ありません。当方の経験では、カスガイで翅が固定されたままの状態でカマキリが1日程度過ごしてくれれば、ほとんどの場合において翅は矯正されています。
 


[術後の経過]
 この記事の被験体となった個体は、術後1日半でカスガイが脱落しましたが、翅はもはや施術前のように広がったり反り返ったりしませんでした。術後1週間経過した段階での様子が、下の写真です。体も翅もすっかり硬化し、施術の悪影響は見受けられません。カスガイで押さえていた部位(矢印;赤)は若干変色して歪んでいますが、正常に羽化した個体と比べて遜色無いレベルの成虫に仕上がったと言えるでしょう。



 以上が、羽化不全(翅)の対処方法です。重要なのは、(はじめにも書きましたが)この手法は羽化後なるべく早い段階で講じるということです。早期発見・早期対処が成功の秘訣であるのは、虫も人間も同じです。

 この方法に至るまで、当方では何度も試行錯誤を重ねました。この手法では翅の接着に水を使っていますが、実はこれ以前に様々なものを接着剤として試しています。まずは瞬間接着剤。これは文句無しの即効性と接着力を誇りました。しかしカマキリの体には優しくないようで、接着部位周辺の翅が(組織が死んでしまったように)茶色く変色してしまい、翅がバサバサした質感になってしまいました。と言う訳でボツ。セメダイン系の接着剤も同様の結果でした。木工用ボンドは(他の接着剤にも言えることですが)粘着性が強い分、1度翅をくっつけると細かい修正が効かなくなるのが難点でした。翅は変色しなかったのですが…。ご飯粒を使ったときは、施術時はうまくくっついたものの、(比較的早い段階で)乾いて綺麗にペリッと剥がれてしまい、接着剤としての効果がイマイチでした。しかもご飯粒で翅をくっつけようとして押さえると、翅が破れたり翅の内部に体液溜まりができたりすることがあり、そういう意味でも良くない結果でした。
 結果として辿り着いたのが水を使う方法です。何とも「灯台下暗し」な感じですが…(苦笑)。水は適度な粘度を持ち、虫体にも無害なので、非常に扱い易いです。



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